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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)8456号 判決

フランス国

パリ 七五〇〇八 アベニュー・モンテーニュ 五四

原告

ルイ・ヴィトン

右代表者

ダニエル・ピエット

右訴訟代理人弁護士

藤田泰弘

高松薫

小野昌延

忠海弘一

芹田幸子

松村信夫

奈良市般若寺町一八

奈良少年刑務所内(服役中)

被告

松井恒二

右訴訟代理人弁護士

腰岡實

服部正弘

主文

一  被告は別紙目録(一)及び(二)記載の標章を付したかばん類及び袋物を譲渡し、又は譲渡のために展示してはならない。

二  被告は、前項記載のかばん類及び袋物を廃棄せよ。

三  被告は、原告に対し、金二二〇万円及びこれに対する平成四年一〇月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

1  主文第一、二項同旨

2  被告は、原告に対し、金四一六万円及びこれに対する平成四年一〇月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  事実関係

1  原告は、かばん類、袋物の製造、販売を業とするフランス国法人であり、別紙目録(一)記載の標章(以下「本件標章(一)」という。)について、左記(一)の商標権(以下「本件商標権(一)」という。)を有し、また、別紙目録(二)記載の標章(以下「本件標章(二)」という。)について、左記(二)の商標権(以下「本件商標権(二)」という。)を有している(争いがない。)。

(一) 登録番号 第一四一九八八三号

出願日 昭和五一年二月四日(昭五一-〇〇四九五四号)

出願公告日 昭和五四年一〇月二五日(昭五四-〇三七一七〇号)

登録日 昭和五五年六月二七日

指定商品 平成三年政令第二九九号により改正前の商標法施行令別表(以下同じ)第二一類 装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉およびその模造品、造花、化粧用具

(二) 登録番号 第一四四六七七三号

出願日 昭和五一年一一月九日(昭五一-〇七五二四八号)

出願公告日 昭和五五年五月一五日(昭五五-〇一九七五一号)

登録日 昭和五五年一二月二五日

指定商品 第二一類 かばん類、その他本類に属する商品

2  原告が、本件標章(一)及び(二)(以下、両者を合わせて「本件標章」、本件商標権(一)及び(二)を合わせて「本件商標権」という。)を付して製造・販売する商品(以下「原告商品」という。)は、一般に「ルイ・ヴィトン」と呼ばれており、世界の超一流ブランド商品として、日本において周知著名であり、国際的にも著名である。なかでも、本件標章(一)は、極めて著名であり、遅くとも昭和五二年当初以降、日本において、原告商品を示す表示として広く認識されている。本件標章(二)も著名であり、遅くとも昭和五二年当初以降、日本において、単なる模様としての意義のみならず、それを見れば「ルイ・ヴィトン」(原告商品)であると判るような二次的出所表示機能を有する表示として広く認識されている(弁論の全趣旨)。

3  被告の商標権侵害行為及び不正競争行為(甲一一、一二、被告本人)

被告は、平成二年一二月ころから平成三年五月ころまでの間、本件標章が付され、その形態が原告商品に酷似したハンドバック、かばん、財布等の偽造かばん類(以下「被告商品」という。)を、被告経営の大阪市東住吉区五丁目駒川商店街所在の露店「マツヤ袋物店」(以下「被告店舗」という。)において、それが本件商標権を侵害することを知りながら、販売した(以下「本件侵害行為」という。)。

本件侵害行為は、本件商標権を侵害するとともに、被告商品と原告商品との間に誤認、混同を生ぜしめるものであり、不正競争防止法一条一項一号にも該当する。

なお、被告は、本件侵害行為の一部に関し、商標法違反の罪で大阪地方裁判所に起訴され(同庁平成三年(わ)第一八三一号、以下「刑事事件」という。)、懲役一〇月、執行猶予三年の判決を受けた(当裁判所に顕著)。

4  被告は、原告に対し、本件侵害行為による損害賠償金元本の内入弁済金として二〇万円を支払った(争いがない)。

二  請求

原告は、被告に対し、商標法三六条一項及び不正競争防止法一条一項一号に基づき、被告商品の譲渡の停止等を求めるとともに、民法七〇九条、商標法三八条一項及び不正競争防止法一条の二第一項に基づき、本件侵害行為により原告が被った損害金合計四一六万円及びこれに対する平成四年一〇月八日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

三  争点

被告が原告に賠償すべき損害金額

【原告の主張】

1 営業上の損害金額 金一六六万円

(一) 被告は、平成三年五月二五日、刑事事件の捜査段階において司法警察員に対し(甲一一)、〈1〉被告が、平成二年一二月から平成三年五月までの約六か月間に、外国有名ブランド商品の偽造品(以下「コピー商品」という。)を販売し、総計五〇〇万円の純利益を上げた旨(一三項)、〈2〉右コピー商品は、ルイ・ヴィトン、シャネル及びハンティングワールドの三種類のバッグ類である旨(一〇項)、〈3〉右コピー商品の仕入価額に対する利益率は、ルイ・ヴィトン五割、ハンティングワールド八割、シャネル三割であり、その人気度は、一位ルイ・ヴィトン、二位シャネル、三位ハンティングワールドの順であった旨(一二項)、供述した。右供述は任意にされたものであり、右供述を録取した供述調書(甲一一)は、刑事事件の公判廷において、同事件の被告人である被告の同意により取り調べられているのであるから、その信用性に問題はない。

右供述によると、被告が得たコピー商品販売の総利益のうち、被告商品(偽ルイ・ヴィトン)が占める割合はその三分の一を下らないから、被告が被告商品の販売により得た利益は一六六万円を下らないものであり(5,000,000÷3≒1,660,000)、本件侵害行為により原告が受けた営業上の損害金も、商標法三八条一項に基づき、右被告の利益一六六万円と同額と推定される。

なお、被告は、帳簿類が存在しないことの弁解として、コピー商品の仕入れに関しては、全て現金払いで決済していたので帳簿類は一切記帳しておらず、確定申告もしていない旨供述するが、右弁解はにわかに措信し難いうえ、仮に被告が記帳や確定申告をしていないとしても、そのため損害の立証において原告が不利益を被るのは正義公平に反するから、右推定は尊重されるべきである。

(二) また、右推定損害金は、被告が本件商標権侵害の一部のみを起訴事実とする刑事事件の公判廷において供述した原告に対する賠償予定額とも符合する。すなわち、被告は、右公判廷において、原告に対して一六〇万円を賠償する予定があり、うち二〇万円を既に原告に支払った旨、残額一四〇万円は分割でも払う意思である旨供述している。

2 信用毀損による損害金額 金二〇〇万円

原告は、一八五四年に世界で最初の旅行鞄店としてパリに設立されて以来、極めて堅牢なファッション性に富む高級なかばん類、袋物を販売し、人口に膾炙している。原告は、日本等においてライセンス契約による製造はせず、フランスで製造した原告製品を日本における子会社が輸入し、これを子会社の直営店二店と特約店一五店を通じてのみ販売することにより、品質の保持管理に努めるとともに、本件標章の信用維持に努めており、このような永年にわたる原告の企業努力により、本件標章は世界的に著名な商標・表示となり、日本国内において取引者、需要者間で広く認識され、強力な顧客吸引力を取得した著名標章となっている。また、原告は、品位を大切にして、商品イメージのための広告はしても通常の販売促進広告はせず、安売り、バーゲンセールをしないので、原告商品は需要者間で大変人気がある。このような原告にとって、本件侵害行為の如く、原告商品の酷似的模倣のコピー商品を安売りされることは、原告の信用が毀損されることを意味するに他ならず、これにより損害を被ることは明らかである。

被告商品は、標章、素材(ビニール皮)、色、デザイン等を原告商品にそっくり似せて作られた酷似的模倣品であり、被告は、このような被告商品を大阪市内の中心地において一般消費者に対して大々的に安売りをしていたのであるから、右販売により、原告は、今まで築いてきた一流ブランドとしての名声、商品に対する信頼を低下させられ、単に営業上の利益の損失の補填のみでは回復できない甚大な損害を被った。

なお、被告は、昭和五六年以前より、原告商品をはじめ外国ブランド品のコピー商品の販売を常習的に行ない、それを理由にこれまでに三回刑事罰に処せられている者であり、かねてより伝票・帳簿等を一切作成せず、販売の詳細な内容が捕捉されないように準備していた。また、刑事訴追の場合は、立証の関係から偽造品の販売目的所持で立件されることが多いため、原告が把握できる被告の侵害行為は、被告の商標権侵害行為全体の氷山の一角に過ぎない状況である。このことからも、本件侵害行為によって原告が被った損害を填補するには、単に直接的な営業上の損失に対する填補のみでは足りず、これを補充する意味での信用損害についての補填が必要である。

以上の諸点を併せ考えれば、本件侵害行為により原告が受けた信用毀損による損害は、金二〇〇万円を下回らないと認定されるべきである。

3 弁護士費用負担による損害金額 金五〇万円

原告は、本件訴の提起追行のため、本訴代理人弁護士に対して訴訟委任を行ない、その報酬費用等として五〇万円の負担を余儀なくされ、同額の損害を被った。

4 損害金合計 金四一六万円

【被告の主張】

1 被告の得た利益金額について

(一) 被告は、被告店舗において、コピー商品のみを販売していたのではなく、適法に流通に置かれていた国内産の袋物(以下「国内産適法商品」という.)も販売していたのであり、その販売比率は、国内産適法商品七に対し、コピー商品三の割合であった。加えて、被告が被告店舗で販売していたコピー商品には、ルイ・ヴィトン(原告商品)だけでなく、ハンティング・ワールド、シャネル、プラダ、MCM、トラサルディの六種類があり、右のうちルイ・ヴィトンだけは、そのコピー商品を発見次第即告訴するなどの厳しい態度で臨んでいるためコピー商品が容易に作られず、仕入れが容易にできなかったという事情もあり、被告商品の売上げは、被告店舗におけるコピー商品六種類全体の売上の六分の一にも満たないものであった。

(二) 被告店舗における、被告の国内産適法商品とコピー商品を合わせた総売上げに対する一か月の利益は約七〇万円であるから、被告が平成二年一二月から平成三年五月までの六か月間にコピー商品の販売により得た利益は一二六万円(700,000×0.3×6=1,260,000)であり、そのうち、被告商品の販売によって得た利益は二一万円(1,260,000÷6=210,000)にすぎない。

(三) なお、被告は、平成三年九月二六日、原告に対し、本訴損害金元本の内金二〇万円を支払った。

2 信用毀損損害の主張について

原告主張の信用毀損損害については、被告商品の販売によって、具体的に原告のどのような権利、利益が侵害され、その結果、原告にどのような損害が発生したのか全く不明である。このような損害賠償は認められるべきではない。

第四  争点に関する判断

一  営業上の損害金額

1  被告は、平成二年一二月ころから平成三年五月ころまでの間、芦原寛治からルイ・ヴィトン(原告商品)の財布のコピー商品を約二〇〇個仕入れその一部をコピー商品販売業者に卸売りしたほかは、コピー商品販売業者からルイ・ヴィトン(原告商品)、ハンティング・ワールド、シャネル等のコピー商品を仕入れて被告店舗で小売りしていたものであるが、顧客には一般的にルイ・ヴィトン(原告商品)のコピー商品が最も人気があり、被告店舗における各種コピー商品の売上高は一か月平均一〇〇万円を下らなかった(甲一一、一二、被告本人)。被告商品は、韓国製の場合には仕入価格の約五割増から倍額で小売りされ、日本製の場合には仕入価格(四五〇〇円)の約二・二倍(一万円)で小売りされ、仕入価格の約四割増(六五〇〇円)で他業者に卸売りされていた。

被告は、コピー商品の販売による利益について、国内産適法商品とコピー商品を合わせた売上に対する一か月の利益は約七〇万円であり、国内産適法商品とコピー商品の比率は七対三であるから、コピー商品の販売による六か月間の利益は一二六万円(700,000×0.3×6=1,260,000)であると主張するが、被告は、コピー商品の仕入れについて納品書等を保管せず、被告店舗で小売りする場合はもとより、他のコピー商品販売業者に卸売りする場合にも全て現金払いで決済し、帳簿類も一切作成していないから(甲一一、被告本人)、刑事事件及び本件訴訟の被告本人尋問における供述以外には被告商品の販売により得られた利益金額を算定するための資料は全くない。ところが、被告は、逮捕直後の司法警察員の取調時においてはコピー商品全体の売上が一か月一八〇万円と供述していたが、刑事事件の公判廷ではこれを一か月一〇〇万円と供述し、さらに、本件訴訟の本人尋問に至っては、国内産適法商品とコピー商品を合わせた全体の売上が一か月一五〇万円であり、国内産適法商品の売上七に対してコピー商品の売上三の割合であると供述し(つまり、コピー商品全体の売上は一か月四五万円と供述したことになる。)、順次少額に向けてこの点に関する供述を変更しているが、右売上金額に関する供述の変遷には、単なる記憶違いや計算の誤りとしては説明できないような大きな開きがある。

他方、被告は、刑事事件(本訴損害賠償請求期間中の被告商品〔原告商品のコピー商品〕の一部の販売・所持を起訴事実とするもの)の公判中、原告に対して「一六〇万円を弁償する予定であるがとりあえず内金二〇万円を送付する」旨の手紙を添えて二〇万円を送付し、同公判廷においても、この弁償金の残金一四〇万円は分割ででも支払っていく旨供述し(甲一二、弁論の全趣旨)、本件訴訟の本人尋問においても、当時、原告に対し弁償金として一六〇万円程度は払わなければならないと思っていたと供述している。また、被告は、本件訴訟係属中に、本件侵害行為後の原告商品を含む有名ブランド商品のコピー商品の販売・所持による商標権侵害の嫌疑により逮捕、起訴され、懲役一〇月の実刑判決を受けて現在服役中であり(被告本人)、仮にコピー商品の売上や利益が、被告が主張するような些少なものであれば、被告自身、本件侵害行為に関する罪で有罪判決を受けて執行猶予中の身でありながら敢えて実刑判決を受けるリスクを犯してまでコピー商品の販売に再度手を出すとは到底考え難く、コピー商品の販売により大幅な利益を得ているものと考えざるを得ない。本件訴訟の被告本人尋問中の、コピー商品販売による利益に関する供述部分は採用できない。

3  以上の諸事実に、被告が当時多額の債務を負担し月額合計約八〇万円ないし一二八万円の割賦弁済をしなければならない状態にありその支払をしていたこと(甲一一)など、本件に顕れた一切の事情を総合考慮すれば、本件侵害行為により被告が被告商品を販売することによって得た利益額は、刑事事件の公判廷中に被告が原告に対し申し出た弁償予定額一六〇万円を下らないものと認めるのが相当である。したがって、右一六〇万円が本件侵害行為により原告が受けた財産上の損害金額と推定される(商標法三八条一項)。

二  信用毀損による損害金額

原告は、フランスで製造された原告商品を、極く限定された直営店及び販売店でのみ販売し、また、一切バーゲンセールをしないなど、本件標章の信用維持及び高級ブランド品としての商品イメージ保持のため多大な営業努力を払っており、その成果を確実に得ていると認められるから(弁論の全趣旨)、原告商品と商標、素材、色、デザイン等全てにおいて酷似的模倣品である被告商品が、被告店舗のような露店において、真正商品の市価の半額以下で販売されること(本件侵害行為)は、原告が今まで築いてきた一流ブランドとしての名声及び商品に対する信頼を損なうものであり、右行為により原告は、営業上の利益の喪失による損害だけではなく、信用毀損に基づく損害を受けることはいうまでもない。

一方、被告は、昭和五六年九月には、原告商品(本件標章を付したもの)を含む外国ブランド商品のコピー商品を販売した事実により、商標法違反等の罪で有罪判決(懲役一〇月、執行猶予三年)を受けたにもかかわらず(甲五、被告本人)、再度、本件原告商品のコピー商品の販売を行ったものであり(本件侵害行為関係でも、平成三年一一月懲役一〇月、執行猶予三年の有罪判決を受けた)、いわば昭和五六年ころから常習的に原告商品を含む外国ブランド商品のコピー商品を販売してきたと推認され、その行為には悪性が認められる。

以上によれば、原告が本件侵害行為により被った信用毀損による損害金額は六〇万円と認めるのが相当である。

三  弁護士費用負担による損害金額

原告が原告訴訟代理人弁護士に対して本件訴訟の提起・追行を依頼しその報酬費用等として五〇万円の負担を余儀なくされたと認められるところ(弁論の全趣旨)、本件事案の内容、本件訴訟の経過、請求認容金額等に鑑みると、本件侵害行為と相当因果関係のある損害として原告が被告に対し賠償を求めることができる弁護士費用の額は金二〇万円とするのが相当である。

四  以上によれば、被告が原告に対して賠償すべき損害金額の合計は二四〇万円となるが、被告が原告にその内金二〇万円を支払い、原告がこれを本件損害金元本の内金として受領したことは当事者間に争いがないからこれを控除すると、被告が原告に対して支払うべき損害金額は、二二〇万円となる。

五  被告商品の販売停止等請求について

被告は、現在刑務所に服役中であるため被告商品の販売はしていないけれども、それは本件訴訟係属中に本件侵害行為後の原告商品を含む有名ブランド商品のコピー商品の販売・所持による商標権侵害の罪により実刑判決を受けて服役せざるを得なくなったためであって、被告が被告商品の販売をする意思を喪失したことによるものではなく、被告の従前の行動に照らすと、服役終了後再度被告商品を販売するおそれがあると認められるから、原告の被告商品の販売停止等請求は現時点においても理由があるというべきである。

(裁判長裁判官 庵前重和 裁判官 小澤一郎 裁判官 阿多麻子)

目録(一)

〈省略〉

目録(二)

〈省略〉

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